帰宅難民日記(その2)


バスを降りた私は、お腹が空いていたので、まずコンビニへ寄りました。
そこで最初に目についたのは、商品が一切置かれていなかったパンの棚。地震で配送出来なかった事と、有事における買い込みが重なったのでしょうか。仕方なく、カップの焼きそばとスナック菓子で空腹を満たす事に。
寒い夜空の中での食事。久々にツーリング気分を味わいました。

腹も膨れ、蔵前橋通りをひたすら歩く、歩く…
やはり、徒歩での帰宅を強いられたのは私だけではなかったようで、その様はまるで、大きなイベントを終えた観客が帰路に向かうようにも見えました。
道路に並ぶ車を、今度は私が追い抜く、少し複雑な気分…
平井大橋、千葉大橋を越え、本八幡駅に到着。駅前の交番は多くの人で混み合っていました。私は、トイレの場所を聞きに行ったのですが、この辺りには公衆トイレは無い様子。
仕方なしに先を急ぐと、とある政治家の事務所が、休憩所(トイレあり)を展開していましたが、ここで変なプライドが出たのか、スルーしてしまいました。
しかし、少し歩くと、今度は市川市役所が開いていました。私は市川市民ではないですが、公的機関なら気兼ねなく使える…こちらでトイレを借りることにしました。

更に道を行く…時間はゆうに午前をまわり、またお腹が空いてきたので、再度コンビニへ寄ることに。
入る前、そして店を出た後にも、入口の近くで誰を待っているのかわかりませんが、お年を召した女性が一人で立っていました。私は、とにかく自分の空腹を満たそうと、買ったパンを食べました。
(後日、その女性の方は、何かに困っていて、誰かに声をかけられるのを待っていたのではないか?と思い、自分さえよければ良いという浅ましい考えであった、と気付きました…)

道中、日常では見られない様々な光景を目にしました。
ケータイが繋がらず、公衆電話の前に行列ができていたり、道の隅で鍋の炊き出しをしている方を見たり…はてまた、建物の壁が崩落し、カラーコーンとストライプバー(虎バーという呼び方は一般的ではない?) で柵をしていたり…この時点で既に、非日常であると認識しなければならなかったのに、やはり他の人に目を向けられなかったと、後悔しています。

船橋を過ぎた辺りから行列の人数は著しく減り、少し寂しい気持ちになりました。時計も3時を回り、それでもまばらに列を作って歩き、ようやく最寄り駅に到着しました。
駐輪場では、0時を回っていたために、一日利用料が100円のところを、200円払わなければなりませんでした…

そんなこんなで、自宅に着いた頃には4時近くになっていました。とにかく疲れたので、荷物も放り投げ、すぐに布団に潜りました。

あれから一週間経った今日。
私の中では少しずつ落ち着いてはいるものの、まだ何かありそうな不安感が心の奥に潜んでいます。

早く地震が落ち着き、被災地の復興と、被災者の方々の安堵が訪れますように。

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この記事へのコメント

オーザギ
2011年03月20日 22:41
こんばんは!

大変でしたね!


被災された方々お疲れ様です!
支援の手が届くことを信じて下さい!

中越地震を経験しましたが無我夢中という言葉がピッタリでした!

月恋さんの住む地域も大変らしいですね!

友人も住んでいるんですがとりあえず無事らしいです!

ご自愛下さい!

ゆたか
2011年03月21日 17:45
大変ですね。

余震は慣れるしかないですよ。
でないと神経がもちません。

頑張ろう。
2011年03月22日 08:24
おつかれさまでした。実はその震災があった日は卒業式。帰れなくなった子は学校に宿泊したそうです

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